スラングと中学英文法

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

  

 「スラングのようにネイティブが使う英語は私達が学校で習う英語とは違う。だから役に立たない学校の英語よりも実用的な英語を学ぶべきだ。」

 

 通訳であれ英語指導であれ、英語を仕事にしているとこんな声を聞くことがあります。私の経験上、こういうことを言う人の傾向はこんな感じです。

 

 中高の英語の授業で挫折し、しかし大人になってから何らかの形で英語に関わり、英語が良く分からないまたは言いたいことが伝えられないながらも単語の羅列で最低限の意思疎通をし、それで「十分通じる」と思い込み、それだけが成功体験として強烈に印象に残り、「自分が嫌いだった学校の英語と生の英語は全くの別物」と自分に都合の良い結論を出す。ここで終われば良いですが最悪の場合、学校の英語を憎むあまり上記経験をネタに英語のプロに喧嘩を売る人もいます。(「英語のプロ=自分を苦しめた英語の化身」という構図のようです。絡まれるこっちはいい迷惑です。)

 

 こんな風に喧嘩を売られた場合、20代前半の頃ならムキになって応戦していた私ですが、最近では笑って流すようにしています。理由はこういう考え方の人を理詰めで論破したところでどちらの得にもならないからです。雰囲気は悪くなるし、「でも自分の英語は十分使える」と相手はより意固地になってしまいますし、そもそもこんな感じで突っかかってくるような人は文句が言いたいだけで私の英語学習理論になど興味も聞く耳も持たないので。

 

 英語を含め言語とは人の生活に必要不可欠なものですから、その大きな括りの中で個々人がどのようにそれに触れるかは自由です。難しい漢字が書けなくても生活に困らない日本人もいれば、スペリングが不安定でも普通にアメリカで生活しているアメリカ人もいるのが現実です。

 

 ただし日本で生まれ育った日本人として、外国語である英語をコミュニケーションツールとして使いこなせるようになりたいと願う人が相手であれば話は違います。私がこれまでもこのブログに書いてきた通り、私達日本人が英語を学ぶ上で何よりも重要なのは基礎英語、特に中学英文法です。スラングやその他のネイティブ表現は確かにシンプルで簡単に見えますが、それらは基本の上に成り立ち使いやすいように簡略化されているに過ぎません。

 

 基礎英語を楷書、スラングを行書や草書と考えればイメージしやすいでしょうか。学校でも習字教室でも、いきなり行書や草書から始めることはしませんよね。まずは楷書できちんとその形と構造を学んだ上で、行書や草書へと発展させて行きます。草書は崩しすぎていて文字として認識しづらいこともありますが、草書で書かれた文字は楷書も行書も上手に書ける人が書くからこそ美しいのです。

 

 「型があるから型破り、型がなければそれは形なし」と、故18代目中村勘三郎さんが語っていた言葉がとても印象に残っています。英語も同じです。基礎英語を習得してからでなければ、無理やりスラングを使ったところでブロークンイングリッシュどころか「ただの下手くそな英語」になりかねません。何事も「基本の型」が大切なのです。

 

 ここでいくつか、アメリカ英語の代表的なスラングをご紹介しましょう。

 

 アメリカ人が日常で最もよく使うスラングのひとつに、gonnaがあります。これはgoing toを略した表現です。going to(gonna)とは近い未来を表す表現で、前にbe動詞を付けて使います。ここに使うbe動詞は当然のことながら、人称と時制で変化します。主語がIで現在形ならamですし、同じく現在形でHeならis、過去形ならwasとなります。このルールはgoing toがgonnaになっても同じです。I’m gonna、He’s gonna、They’re gonnaと、ネイティブはしっかりと使い分けています。つまりgonnaをネイティブ同様に使いこなすためには、be動詞と時制の文法事項をしっかりと把握していなければなりません。

 

 gonnaと同じくらいよく使われているのが、wannaという表現です。wannaはwant to(~したい)を略した表現で、文法事項としては不定詞と呼ばれるものです。gonnaに付くbe動詞とは異なり一般動詞wantが略語に組み込まれてしまっているので、三単現(三人称単数現在形)だからと言ってwantsに変化させる必要はなく、どの人称でもwannaで使えます。ただし、使える時制は現在形のみです。過去形で使うならwanted to、未来形ならwill want toと基本の形に戻します。そして不定詞の場合、toに続くのは動詞の原形と決まっています。つまりwannaに続くのも動詞の原形でなければならず、使いこなすにはこれらの文法事項を理解している必要があります。私達にとっては複雑に見えますが、gonnaの場合同様にネイティブがこれを間違えることはありません。

 

 また私の高校留学先だったヒューストンでは、一部の人たちがmore betterというスラングを使っていました。比較級は短い形容詞niceやsweetはrまたはerを付けてnicer、sweeterとし、長い形容詞beautifulやwonderfulには前にmoreを付けるというのが基本ルールです。betterは変則的でそれ自体がgoodやwellの比較級であるため、moreを付けると比較級が重複してしまい、文法的には間違いです。私の周囲でmore betterを使っていた人たちは、全員それが文法的に間違っていることは分かった上でスラングとして使っていました。そして誰かがmore betterを使うと「あーまた使ってる。Erikaが間違えて覚えたら困るから使っちゃだめでしょー(笑)」と誰かが突っ込みを入れていました。私は最初にこれを耳にした時に「あれ?違うよね?」とホストファミリーに確認し、それがスラングだという説明を受けていたので、この突っ込みすらもただのネタだったのですが、私が本当にこの文法事項が理解できない留学生で、それを見落としてしまうホストファミリーだったら、間違って覚えてしまっていた可能性は十分にあります。

 

 このように、スラングを理解し使いこなすためにはその根底にある基本の理解が不可欠であり、すべては基本から枝葉のように繋がっているのです。

 

 基礎英語の習得は確かに退屈です。ネイティブが何気なく使うスラングはカッコよく見えるでしょう。一足飛びにスラングを使えばその瞬間は気持ちいいかもしれません。しかし基本を疎かにすれば必ずどこかで壁にぶつかります。確実に成長しながら長く深く英語を楽しむために、私は何よりも初期の段階での英語の基礎固めをお勧めします。

 

 

 

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