通訳訓練初期の「なぜできない」は「できなくて当たり前」

英語 通訳 訓練 できない リテンション 短期記憶 リプロダクション サマリー 要約 メモとり ノートテーキング 訳す オンライン講座 山下えりか

 

 こんにちは、英語同時通訳者オンライン英語・通訳講師の山下えりかです。

 

 4月も後半になり、そろそろ通訳学校の授業が始まる頃です。以前から通訳訓練を継続しているという人もいれば、この4月から通訳訓練を始める人もいるでしょう。今回はサイマル・アカデミーで通訳訓練を受け始めたばかりだった頃を思い出しながら、初めての通訳訓練が想像以上に厳しく辛く、心が折れかけている人に向けてエールを送りたいと思います。

 

 

✔ 英語が得意。英語が好き。通訳者になりたい。


 「英語が得意。英語が好き。だからどうしても通訳者になりたい。」こんなキラキラとした期待と希望を胸に十数年前、私はサイマル・アカデミーの通訳者養成コースに入りました。「英語ができるからと言って通訳ができるわけではない」と入学前に聞いていたのである程度覚悟はしていたつもりでしたが、訓練開始直後の私のできなさ加減と情けなさは教室から消えていなくなってしまいたいと思うほどに毎回私を追い詰めました。

 

 リテンションは日本語の短い文章でさえも覚えきれない。要約は何を基準に情報を選びどうまとめて良いのか分からない。メモとりは素早くメモがとれない、またはとれても何を書いたのか読めない。そしていざ訳そうとしても内容を思い出せない、適切な言葉や表現が浮かばない、何度も言い直してめちゃくちゃな訳になってしまう。最初の1年間はずっとこのような感じでした。

 

 当時実家のある静岡からサイマル・アカデミーの新宿校(今は閉鎖)に通っていた私は、授業の前日は夜中まで復習と予習をし、翌朝7時に家を出て、新幹線の中で終わらなかった予習をし、午前10時開始の授業に向かいました。昼過ぎに授業が終わるともうくたくたで、フラフラになりながら東京駅に向かい、お弁当を買って高速バスに乗り、車内で簡単な昼食を済ませたら、その日ダメだった自分のパフォーマンスの脳内リプレイを断ち切るためにお気に入りの応援ソングを聴き、涙がこぼれないように目をつぶって疲れが眠りに誘うのを待ち、3~4時間かけて帰宅...ということの繰り返しでした。(ちなみにこの頃エンドレスでかけていたお気に入りの応援ソングはウルフルズの「笑えれば」です。)

 

【参考】

【私が通訳になるまで17】通訳学校と準備科3(メモなし通訳)

 

 

 

✔ 「なんでできないんだろう」はNG


 当時の私を含め通訳訓練を受ける人、特に始めたばかりの人の多くから聞かれるのが、「なんでできないんだろう」という言葉です。しかし実はこれは「できなくて当たり前」であり、「できないことを受け入れないと先に進めない」ことでもあります。

 

 ここからはその理由を説明して行きます。

 

 

✔ 通訳訓練は英語学習の延長ではない


 まず認識すべきことは、通訳訓練は英語学習の延長ではないということです。先述の私のように英語が好きで、あるいは得意で通訳者を目指す人は多いと思います。そして当時の私を含め、通訳訓練がこれまでの英語学習の延長線上にあると認識している人も多い印象です。

 

 しかしながら先に挙げたリテンション、要約、メモとり、訳すという作業は「通訳技術」という英語とは全く別のスキルセットです。そして多くの人は通訳訓練を始めるまでこれらの技術を身につけるための学習やトレーニングをしてきていません。そのため訓練開始時点で全くできないのは当然のことなのです。

 

 英語や日本語の知識や運用能力は通訳訓練を始めるための必要最低限の技術でしかありません。通訳技術の習得については日本語でも英語でもない全く別の言語を学ぶくらいのイメージで取り組むのが正解です。

 

 それぞれの通訳技術についてもう少し細かく見てみましょう。

 

 

✔ リテンション&リプロダクション


 リテンション&リプロダクションは、聞こえてきた内容を一言一句正確に記憶して繰り返す技術です。正確な記憶は正確な通訳に不可欠です。

 

 しかし日本語でさえも日常でこのような技術を要求されることはありません。つまりこれは日本語でもほとんどの人ができないのが当たり前で、「英語を勉強してきたから」というだけでできるものではありません。

 

 

【参考】

 

 

✔ 要約


 要約は、一定の長さの発言を聞き、枝葉の情報をそぎ落として重要な情報だけを残し話をまとめる技術です。表面的な言葉に惑わされずに伝えるべきメッセージを見極めることもまた分かりやすく伝わりやすい通訳に必要な技術です。

 

 これもリテンション同様に、日本語でさえも十分に要約の訓練を受けてきた人は少ないでしょう。そのためこれもまた、必要なトレーニングを受けていないのですから日本語でも英語でもできないのが当然と言えます。

 

【参考】

 

 

✔ メモとり


 通訳のメモの目的は記憶の補助です。つまりリテンションの技術が高ければ高いほど、メモは少なく済むだけでなく、メモをより有効活用することができます。逆にリテンションができていない状態で聞こえた言葉をただ書き留めるだけのメモをとってしまうと、後で見直した時に何が書いてあるのか分からず、内容も頭に残っておらず、通訳に全く役に立たないメモになってしまいます。

 

 メモとりの前段階であるリテンションの技術が確立していなければ当然ながら、効果的にメモをとる技術は身につけられません。これもまた日本語や英語を単に「使う」ことの更に先にある技術です。

 

【参考】

 

 

 

✔ 訳す


 上記すべての基礎技術と話の内容を別言語で表現する技術(訳す技術)の上に成り立つのが「通訳」です。つまり上記のどれかができていなければ上手く訳すことなどできません。

 

 先述の通り、「日本語は母語だから使いこなせる」「英語は今まですごく勉強してきたし好きだし得意」は通訳訓練のスタート地点に立つために必要な条件なのであり、通訳技術はそこから新たに積み上げなければならない総合的な技術なのです。

 

【参考】通訳の頭の中はコビトの国

 

 

✔ 「今できないだけ」


 毎回のように情けなさで泣きそうになりながらも、当時私はよく自分に言い聞かせていたことがありました。

 

「焦るな。今できないだけ。1年後にはきっとできるからできるまで頑張れ。」

 

 ここまで書いてきた通り、通訳技術はどれもそれまで学ぶことのなかった技術です。真新しい気持ちでいちから作り上げなければならないものです。そのため始めたばかりの頃には「できないのが当たり前」なのです。

 

 しかし大切なのはそこで「できなくて当たり前だからいいや」と気を抜かず、できない今の自分の実力を受け入れて、更に高みを目指し、「今はできないけど時間をかけて努力すれば大丈夫」と覚悟を決めて地道に取り組むことです。

 

【参考】

 

 

 

 

✔ おわりに


 「石の上にも三年」という諺があります。冷たい石でも三年間座り続ければ温まる、何事にも忍耐強さが大切だということです。通訳訓練も同じです。「通訳者になりたい」という強い気持ちがあるのなら、日々鍛錬を重ね、確かな技術の習得を目指してください。

 

 

 

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【About Erika】

職業:英語同時通訳者(個人/フリーランス)

現住所:東京

留学歴:3年(アメリカ)

特技:柔道(初段)、ピアノ(弾き語り)

趣味:料理、お菓子作り、食器屋巡り

楽しみ:正月の箱根駅伝、2か月に1度の大相撲観戦(テレビ)、年に数回の柔道国際・国内大会テレビ観戦、年に数回のブロードウェイミュージカル日本公演、不定期の札幌旅行